【2023年04月01日】
この日は、swing,singのライブ「swing,sing 1st LIVE "It dont mean a swing, sing!"」に参戦します。
年度が変わって初日、いきなりライブに行くとは思わなかった。
という事で、新年度1発目も辻堂駅からスタート。休日出勤の時とほぼ同じ朝の時間で鬱になりかけたけど、この日は私用なので気分は良好。
東海道本線の普通 高崎行きに乗車。集合場所に間に合う目安の電車より1本前に乗れた。
今回もまたJREポイントでグリーン車に乗車。軽く朝飯を食べようという事で、ニューデイズで買った赤丸風辛味噌チャーシューおにぎりと熊本和栗ホイップパンをしばいた。
東京駅をブッチして高崎線に直通して、朝のオタクタウンを全力通過。
1時間ちょい乗って、上野駅で下車。ここがこれから一緒に行動するオタクとの集合場所。
中央改札のある地平ホームに移動して、ここからは高崎線の特急「草津・四万31号」長野原草津口行きに乗車。車両はE257系5500番台だった。
A.「651系の特急草津」のノリで来たら「E257系5500番台の特急草津・四万」だった時の気持ちを2文字で記述せよ。
Q.クソ
東海道線から離れるので魔改造E257系の呪縛から解き放たれると思ったのに、こっちは色違い(波動用)かよって...
この前のダイヤ改正で車両も特急名称も変わった事をすっかり忘れていた。
車内もさんざん特急湘南や踊り子で見てきたから、本当に目新しさなんて無いんですよね。申し訳ないけど。
特急の車内だからという訳で、朝っぱらから乾杯。上野駅で合流したオタクに月初ログボと称して鬼ころしを渡されて最悪。渡した本人は駅弁と共にビールを買っていたのでこれ。
私はこれを逆手に取って実証実験を行った。というのは、今年の2月26日に直江津駅で電車の待ち時間に「ますの寿司おにぎりと日本酒」という組み合わせで軽食をしばいていたので、0.0001%くらい日本酒の要素を含んでいるかもしれない鬼ころしで同様の組み合わせを再現。「新潟の日本酒がいかに美味くて、鬼ころしが最底辺アルコール飲料か」を検証する為である。
結論、新潟の日本酒は美味い(当たり前)
因縁の地、熊谷。もう二度とこの街には行きたくない。
Liella!のオタク、特急に乗ると到着案内の英語表示を出だしの「We will」だけで撮りがち。
最悪ながらもまったりしながら約1時間20分、高崎駅で下車。
ここで信越本線の普通 横川行きに乗り換え。車両は懐かしの211系、だけどちょっと違う。
車内で高崎線を普通列車で北上していた後輩ちゃんと合流。これでライブの連番は揃った。
磯部駅。漢字はちょっと違うけど読み方は同じという理由で知り合いにいる礒部花凜さんのオタクに送り付けた。
座ってる側とは反対の車窓に映りこんだ松井田駅前の桜の木がとても綺麗だったので撮影。グンマーはまだまだ見頃なのだろうか。
"本線"とは程遠いローカル線の雰囲気をバチクソに出しながら終点の横川駅に到着。前回信越本線に乗った時は新潟駅からだったので、それぞれの端っこ区間を乗車した事になった。
かつてはこの先の峠越えの拠点として栄えた横川駅も、今ではグンマー帝国の長閑な終点駅になってしまった。
そんな横川駅の繁栄を支えた横川運転区の跡地にある碓氷峠鉄道文化むらへと我々は入館。
自動車走行用にだいぶ埋められてしまったが、横川駅旧4番線から伸びる線路は当時の面影を残すには十分である。
入ってまず最初にお出迎えしてくれたのは189系。私が小学生の時に修学旅行で日光へ行った時に「修学旅行」の幕を掲げて走ってたこいつに乗ったのを思い出した。とても懐かしい記憶。
因みにこの展示車両はエル特急「あさま」直江津行きの幕を出していた。
おや?なにかあるぞと思ったら、碓氷峠鉄道文化むらのイメージキャラクターの横川結と横川夢、碓氷峠を題材にしたライトノベル作品の登場人物である浅間夏綺の等身大パネルが設置されていた。そうか、ここにも"萌えキャラ"はいたんだな。良い。
最大勾配66.7‰というエッグい坂を上り下りするのに、横川駅と軽井沢駅を結ぶことから通称「横軽対策」と呼ばれたこのごっつい機器。
特急車両は単独で登れないから、編成の前後にこの機関車を連結させて峠越えをしていたんだと。
横川運転区の所属である事を示す略号。おい誰だ、横浜横須賀道路って言った奴は。お前だろ、筆者。
横川運転区に掲出された?歴代の立て札。国鉄の印象が強いかもしれないが、信越本線の横川〜軽井沢間が廃止になった1997年9月30日に閉鎖されているので、JR東日本時代も経ている。
国鉄時代の横川駅に取り付けられていたであろう反転フラップ式案内表示機。この頃はまだ急行列車が当たり前に走っていたのでその表示もある。
信越本線を走行した特急列車たちのヘッドマークを展示している...?出雲、お前は西日本なんだから走らないだろ...
屋内展示場を抜けて奥にある屋外展示場へ移動。その道中の桜の木がとても綺麗だった。
除雪車のDD53形1号機。見た通りデカいので出力も高く、ドカ雪が降る北海道で活躍した。けど、大出力がゆえに沿線の民家に被害が出ちゃったらしくて山間部に追いやられたらしい。
操重車のソ300。クレーンのくっついた貨車の1種だがなんとこいつ、自走出来るらしい。テールランプが目玉みたいで怪物に見えたので、私はこれを"横川くん"と勝手に名付けた。
今も生きていて、地元の貨物線をこの"横川くん"がいきなり単独走行してきたら恐怖映像間違いなし。
経年劣化著しいこのナハフ11-1、他の車両と共にグンマー帝国の横川にいるが...
所属略号が「福フチ」。これは福知山鉄道管理局の福知山電車区を示すもので、つまり遠く関西からやってきたという訳。ご苦労様。
園内を走るトロッコ用の線路の向こう側にグレードアップあさま色の189系と碓氷峠用のEF63形3両がいた。が、これ以上は近づけなかった。
続いては鉄道資料館へ。建物は旧横川運転区の建物をそのまま利用している。
入ってすぐの所にはEF62形電気機関車の車輌機器電気系統表示動作盤というのがあった。電気はさっぱり分からんが、色々な機器が複雑に噛み合わさって動いているんだなというのは理解出来た。
ここにも夢と結の等身大パネルがあったが、それに加えて"路娘(ろこ)MOTIONぷろじぇくと"なる擬人化シリーズのキャラクター、碓氷恋もいた。これは初耳だ。
碓氷峠の最大勾配66.7‰を示す標識。11.2kmで約600mの標高差を繋いでいるのだから、相当急であるのが伺える。
こっちには碓氷峠を経由する在来線特急たちのヘッドマークが並べられていた。このうち、特急あさまは新幹線にその名が受け継がれている。
まだ方向幕がデジタル化される前、"サボ"と呼ばれるプレートを所定の場所に差し込んで表示させていた。引退しても実物でその証が残るのは良いかもしれない。
私も通ってきた信越本線の磯部駅の時刻表。1986年11月1日のダイヤ改正の時はまだこんなに本数があって、優等列車に上野駅や直江津駅まで行く列車もあったと考えると、時の流れは残酷なものだと思い知らされる。
特急「そよかぜ」中軽井沢行き
エル特急「白山」金沢行き
エル特急「あさま」上野行き
往年の信越本線の特急の方向幕も展示されていた。この字体が何とも言えない懐かしさを出している。
碓氷峠鉄道文化むらを後にし、ちょうど昼時だったので昼飯を求めておぎのや 横川店へ。建物がでかいので本店かと思ったら、また別の店舗だった(製造工場は併設されている)。
ドライブイン形式の店舗だったので店内にはフードコート「たびーとキッチン」があり、今回はここでお食事。
おぎのやといえば、という事で選ばれたのはもちろん峠の釜めし。それに加えてうどんのセットで注文。前に食べた時と比べて具材が変わったような...?気のせいか。
食後の飲酒...という訳ではないが、なんか飲みたくなったので軽井沢高原ビールの2023年限定版を買った。おい、峠の向こう側の地ビールをしばくな。
まーた昼間から乾杯してやがるよ、この酒カス共は。
ビール缶片手に横川駅方面へぶらぶら。
これは横川駅旧4番線。かつてはここから碓氷峠を超えて軽井沢駅まで、さらには新潟駅まで信越本線の線路が続いていた。碓氷峠鉄道文化むらで見てきた特急たちもこの線路を走っていたんだと思うと、やはり廃止になってしまったのが寂しい。
横川駅前にあったEF63形3号機の動輪。これ、あの荻野屋の所有らしくてびびった。
だらら歩いていたら酒をしばき終わったので、そのまま横川駅バス停へ。
そう、こいつが廃線後の代替バスであり、これで碓氷峠を越えられるのである。路線バスではあるが、高速バスタイプの車両だった。
折角なので最前管理部になった。これでグンマー帝国から信濃国へ国境越えする瞬間を見てやるんだ。
信越本線の廃線跡を横目に、よくお世話になってる上信越自動車道の高架をくぐって標高を上げていく。
...なんて呑気なこと言ってたら乗車中の殆ど爆睡部していて、目が覚めた時にはもう軽井沢駅バスターミナルに到着していた。
国境越えの瞬間なんて記憶が無い。だって寝ていたから。あのさぁ...
軽井沢に来た!ライブまでの時間は何しようとなっていた時、偶然にもバスの車内で爆睡部を退部した瞬間に車窓に飛び込んできてしまった茜屋珈琲店 軽井沢駅前店に入店した。
この日のライブとは全く関係ないけど、私のi☆Risの推しが茜屋日海夏さんなので...本当にそれだけの理由。
オリジナルブレンドコーヒーで気分を落ち着かせて。名前狩り!っつってふらふら入店するような場所ではないのは確かだった。
ぼちぼちいい時間になってきたので、歩いて本日のライブ会場である軽井沢大賀ホールに到着。オタクコンテンツがライブをするような場所ではないのはそう。
でもキャラクターの等身大パネルがあったので、会場はここで間違いない。
会場内部がガチの音楽ホールでびっくり。ただ、そんなバカみたいに広いホールではないのでステージとの距離は遠く感じる事はなかった。
これはライブというよりはコンサートだろう、そういう雰囲気だった。しっかりと"音"を聴いて欲しいので意図的に声出し禁止のレギュレーションなのも納得。ジャズバンドのメンバーが後ろに並んでいて、全部生演奏。もともとジャズは好きな音楽ジャンルではあったので聴いていてとても気持ちよかった。昔ピアノを習っていたというのもあって、ライブ中はピアノの音を中心に聴いた。
キャストの衣装も黒基調の落ち着いた雰囲気になっていて、私が今まで参加していたようなライブとは違うというのはとても感じた。そんな中でも私の推しであるMachicoさんは"らしさ"が出ていてなんか安心した。まだ駆け出しのコンテンツなので持ち曲が少ないというのもあって、カバー曲を歌う事もあったが、まさかジャズ調でポルノグラフィティのサウダージを歌うとは思わなかったんだ。確かに本人が好きだとは言っていたが...職権乱用か...?
普通に曲をやる以外にも、つなぎの時間にインストを演奏したりだとか、その中で各楽器のソロパートを盛り込んだりしていて、これって生演奏でしか出来ない事だと思うので、また新しいスタイルのコンテンツライブに出会えた気がする。
ありがとう、swing,sing!
ありがとう、軽井沢大賀ホール!
ありがとう、軽井沢町!
終演後は帰りの電車の時間もあるので真っ直ぐ軽井沢駅へ。会場が市街地なので駅が割と近いのはありがたかった。
ニューデイズで飯とか調達するついでで、家へのお土産探しもした。色々考えてりんごキャラメルクランチにした。
帰りは長野新幹線の「あさま630号」東京行きに乗車。車両は...まさかのW7系だった。
晩飯は博多明太のり弁にぎりと韓国風焼肉おにぎりに、軽井沢高原ビールと𝑱𝒂𝒑𝒂𝒏𝒆𝒔𝒆 𝑺𝑨𝑲𝑬「軽井沢」という謎の九州vs軽井沢の構図。
もちろん一緒にいた2人も酒を買っていたので、新幹線車内でライブお疲れ様でした!の乾杯。
途中駅で後輩ちゃんとお別れし、2人で終点の東京駅まで乗った。
分割して買った切符をぞろぞろ駅員に見せて改札を突破して、そのまま在来線ホームへ。
一緒にいたオタクが寝台特急「サンライズ瀬戸」で帰るというので、列車の到着と"部屋のチェックイン"を見届けた。なんか窓際に色々生えてきたが...
見届けたと言いつつ、東京駅を出発するのは私の方が先だったので、サンライズ瀬戸が停車しているホームの向かい側に到着した東海道本線に乗車。
土曜日の21時台なのに10両編成というクソ仕様のせいで混雑気味だったので、元々乗るつもりだったとはいえグリーン車にして正解だった。
無事に座席は確保出来たので、流石におにぎり2つでは晩飯としては足りず、"追い"で丹波赤どりの焼き鳥つくね重と翠ジンソーダをしばいた。
途中、大船駅でオタクを乗せたサンライズ瀬戸・出雲が通過していったので今度はこっちがお見送りした。
そして寝過ごす事無く、家の最寄り駅である辻堂駅で下車して帰宅しました。
それでは、お疲れ様でした!
by 新宿三丁目